弁護士になるまで

白黒ハッキリさせたい性格なんです

大学に進学してからも学校には行かない日々が続く。
麻雀とパチンコ、時には競馬などの”娯楽”に時間を費やしていたからだ。
「勝負事が好きだから、なんだと思います。白黒ハッキリさせたい性格なんですよね」と自己分析する。

そんな阿久津青年も卒業を前に、人並みに就職活動を経験する。
ところが、元来「頼んで入れてもらう」事が嫌いな阿久津青年に、
買い手市場であった当時の就職活動は奇異に映ったという。

ある企業の説明会で、マルクス経済を3分間で説明しろ、と傲慢な態度を見せる面接担当者に
「私は3分間でマルクス経済を説明できるが、あなたにはそれを理解できる能力がない。」
と会場を後にしたこともあった。

実に阿久津弁護士らしいエピソードである。

すごい事でも、自慢でも何でもない

大学卒業を目前にして同乗したクルマが事故に合い入院を余儀なくされる。
包帯でぐるぐる巻きの足を吊られて身動きが取れないベッドの上で
「あなたね、こんなことで金が取れると思ったら大間違いだからね」と
保険会社の人に言われたという。
この時の悔しさが卒業後もくすぶり続け、後に弁護士を志すこととなる。

大学卒業後はコンビニでバイトをしてスロットで生計を立てる毎日であった。
ある日ふと気が付くと、バイトは十代の若い子達ばかり。
「ここに、自分が居座り続けてはいけない」と思い、
バイトを辞め専門職の資格取得を思い立つ。
そして、弁護士になりたいと思ったのだ。

その日から人が変わったように勉強を始めて一年後に司法書士の試験に合格し、
その翌年に目標であった司法試験合格を果たす。

一般的には経済学部を出て2年後に司法試験に合格するというエピソードは十分にすごい事であるが、
阿久津弁護士は「すごい事でも、自慢でも何でもない」と謙遜する。
「スロットで生計を立てていた自分は社会の最下層に居た。
タバコすら買えなかったこともある。
ここで試験に落ちたら、このままクズ人間で人生が終わると、そう思っていた」
2年で受からなかったらあきらめると決めていたので、後が無い焦燥感に常にかられていたと語る。

「それに大学の同期はみんな、それぞれ良い会社に就職しているわけです。
彼らの月収が、スロットで稼いだ私の年収と同じといった時代が続きました。
だから、すごいですね、と言われるのは違うと思う。
素直に、そうですか、とは言えない気恥ずかしさがある。」と語る。